1.6億円まで非課税。 相続税における「配偶者の税額軽減」の留意点を詳しく解説

個人にかかる税金にはさまざまな控除や軽減が認められています。
その中でも1億6,000万円というひときわ目立った優遇枠が設けられているのが相続税における配偶者の税額軽減です。

配偶者の税額軽減はうまく使えば大幅な節税になるものの、その適用にあたっては注意しておきたい点もいくつか存在します。
今回は配偶者の税額軽減の概要と留意点を詳しく解説したいと思います。

なぜ配偶者の税額軽減が認められるの?

相続税を計算する上で、被相続人の配偶者は他の相続人に比べて大幅に優遇されています。
これは、配偶者は被相続人と生活をともにしてきた場合が多く、政策的にも一定の配慮が必要となるためです。
具体的には以下の3つの理由から配偶者の税額軽減が認められています。

偶者の老後の生活を保障するため

被相続人の配偶者は被相続人と生計をともにしてきた可能性が高いといえます。
たとえば、夫が亡くなった場合、夫の収入や財産に依存していた妻は生活に困ることが想定されるため、妻の生活を保障する必要があります。

特に高齢になってから配偶者が亡くなった場合には相続財産に多額の相続税が課されると酷な結果となるでしょう。
また、若くして片親となったケースにおいても残された家族の生活を保障する必要性が高いため充実した優遇措置が求められます。

財産形成には配偶者の貢献も

被相続人が保有している財産が形成される過程では配偶者の貢献があったものと考えられます。
そうした内助の功による影響を無視して相続財産の全額に相続税を課すことは公平な課税とはいえません。

つまり、生活を保障するという政策的な理由だけでなく、配偶者の税額軽減を認めることは実態的にも合理性があると考えられるのです。

相続税の課税が続いてしまう

夫婦のどちらかが亡くなった後、いずれはその配偶者も亡くなります。
配偶者の税額軽減が存在しなかった場合、配偶者が相続した財産に対して再び相続税がかかってしまいます。
財産を相続した配偶者が短い期間のうちに亡くなると、同じ財産に対して重複して相続税が課されることになるので、それを避ける意味でも配偶者の税額軽減が機能しています。

配偶者の税額軽減の計算方法は?

配偶者の税額軽減制度では、配偶者が譲り受けた財産のうち1億6,000万円または法定相続分のいずれか大きい方の金額までは相続税がかからないようになっています。

以下では具体例を用いて配偶者の税額軽減の計算方法を確認してみましょう。

事例

夫のAさんが亡くなり、2億円の遺産について相続が発生します。
相続人は妻BさんとAさんの妹Cさんの2名です。
遺産分割協議の結果、妻Bさんが1億3,000万円、妹Cさんが7,000万円の遺産を相続することになりました。

計算方法

まずは妻Bさんの法定相続分を計算してみましょう。

相続人が配偶者と兄弟姉妹の場合、法定相続分は妻が3/4、兄弟姉妹が1/4となります。
つまり、妻Bさんの法定相続分は2億円の3/4である1億5,000万円と算定されます。

配偶者の税額軽減は1億6,000万円と法定相続分(この場合1億5,000万円)のうち大きい方の金額まで認められますので1億6,000万円が上限となります。

実際に妻Bさんが相続する遺産の額は1億3,000万円ですので、1億6,000万円の上限の範囲内となり、1億3,000万円の全額について相続税がかからないことになります。

仮に相続財産の方が大きい場合は?

仮に、上の事例において、遺産分割協議の結果、妻Bさんが1億8,000万円、妹Cさんが2,000万円の遺産を相続することになっていた場合も考えてみます。

妻Bさんには1億6,000万円まで配偶者の税額軽減が認められるため、相続財産の額である1億8,000万円が配偶者の税額軽減の上限額1億6,000万円を超える差額2,000万円(=1億8,000万円-1億6,000万円)については相続税の課税対象となります。

留意点1(相続税の申告をすることが条件)

相続税には基礎控除が認められています。
基礎控除の額は(3,000万円+法定相続人の数×600万円)で計算されます。
たとえば、夫が亡くなり、法定相続人が妻と長男の計2人である場合、基礎控除の額は4,200万円(=3,000万円+2人×600万円)となります。

もし遺産の額が基礎控除の4,200万円を下回っている場合には相続税がかかりませんが、この場合、相続税の申告自体をしなくてよいことになっています。

これに対して、本来は課税される財産があるものの、配偶者の税額軽減を適用することで相続税額が0円となる場合には相続税の申告はしなければなりません。

なお、配偶者の税額軽減以外にも、小規模宅地等の特例(一定の要件を満たす土地について最大80%の評価減が認められる制度)を適用する際には、やはり相続税額が0円となる場合でも相続税の申告が必要となります。

留意点2(遺産分割などを実施していることが必要)

相続税の申告によって配偶者の税額軽減を適用することになるので、遺産分割や遺贈などにより配偶者が実際に取得する財産の額が確定している必要があります。
相続税の申告期限は相続開始から10か月であるため、それまでに分割が終了するように留意する必要があります。

ただし、相続税の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を添付しておいて、申告期限までに分割されなかった財産を申告期限から3年以内に分割することによっても配偶者の税額軽減を受けることができます。

さらに、相続税の申告期限後3年以内に分割できない場合でも、やむを得ない事情があることにつき税務署長の承認を受けている場合にはセーフティーネットが用意されています。

この場合、やむを得ない事情がなくなった日の翌日から4か月以内に分割を行うことで配偶者の税額軽減が受けられます。

留意点3(配偶者の税額軽減の適用では二次相続も考慮)

配偶者の税額軽減は1億6,000万円と法定相続分のうち大きい方の金額まで相続税がかからないという優遇された制度です。
そのため、配偶者の取得する財産をなるべく大きくしておけば、相続税をかなりの程度減らすことができそうです。

しかし、配偶者と子供がいる場合に配偶者の取得する財産を大きくし過ぎると、やがて配偶者が亡くなって再び相続が発生した際に子供が受け取る相続財産が大きくなり、相続税の負担も増えることが考えられます。

つまり、配偶者にどの程度、遺産を分割するか検討する際には現在の相続だけでなく、将来発生する二次相続の影響も考慮しなければなりません。

事例

夫のDさんが亡くなり、2億円の遺産について相続が発生します。相続人は妻Eさんと長男Fさんの2人です。
遺産分割協議の結果、妻Eさんが1億6,000万円、長男Fさんが4,000万円の遺産を相続することになりました。

計算方法

当初の相続では、妻Eさんの相続税は0円、長男Fさんの相続税は668万円となります。
二次相続では、妻Eさんが取得した1億6,000万円を長男Fさんがそのまま相続したと仮定すると、長男Fさんの相続税は3,260万円となります。
つまり、一次相続と二次相続における相続税の合計は668万円+3,260万円=3,928万円となります。

仮に妻Eさんと長男Fさんが1億円ずつ相続したら?

上記の事例で、仮に妻Eさんと長男Fさんが1億円ずつ相続していたらどうなるでしょう。
当初の相続では、妻Eさんの相続税は0円、長男Fさんの相続税は1,670万円となります。
二次相続では、妻Eさんが取得した1億円を長男Fさんがそのまま相続したと仮定すると、長男Fさんの相続税は1,220万円となります。

この場合、一次相続と二次相続における相続税の合計は1,670万円+1,220万円=2,890万円となります。上記の事例よりトータルの相続税は安くなっていることがわかります。

相次相続控除について

二次相続は、その時点における生活状況や家族構成、一次相続からの間隔など予測し切れない部分もありますが、大まかな想定のもとでも対策を講じておいた方が好ましいことは確かです。

なお、一次相続から二次相続までの期間が短い場合、立て続けに相続税が発生すると相続人にとって過大な負担となることに配慮し、相次相続控除という制度が設けられています。

具体的には、相続開始前10年以内に被相続人が相続や遺贈などによって財産を取得して相続税を課されていた場合、今回の相続税額から一定の金額を控除することができます。

相次相続控除が受けられるのは次のすべての条件にあてはまる場合です。

  1. 被相続人の相続人であること
  2. その相続の開始前10年以内に開始した相続により被相続人が財産を取得していること
  3. その相続の開始前10年以内に開始した相続により取得した財産について、被相続人に対し相続税が課税されたこと

なお、このうち条件①に関して補足すると、相次相続控除の適用対象者はあくまで「相続人」に限定されますので、一旦、相続放棄をした人あるいは相続権を喪失した人が後に遺贈によって財産を取得しても、控除を受けることはできません。

相次相続控除の計算

各相続人の相次相続控除の金額は次の計算式により算定されます。

相次相続控除の金額=A×C/(B-A)×D/C×(10年-前回からの年数)/10年

  • A:被相続人が前の相続時に課せられた相続税額
  • B:被相続人が前の相続時に取得した純資産価額
    (取得財産の価額+相続時精算課税の適用財産の価額-債務・葬式費用の金額)
  • C:今回の相続や遺贈で財産を取得したすべての人の純資産価額の合計
  • D:今回の各相続人の純資産価額

上記の計算式からわかるように、前の相続からの期間が短いほど相次相続控除の金額が大きくなるようになっています。

まとめ

配偶者の税額軽減は金額も大きく、相続税の低減効果が期待できるものです。
その一方で、一次相続において配偶者の税額軽減に頼りすぎると二次相続ではかえって相続税が高くなるケースがあることもご理解いただけたと思います。

状況は常に変化しますし、二次相続や相次相続控除まで考えて最適な選択をするのは簡単なことではありませんが、相続税対策は総合的に行う必要があることだけは念頭に置いておきましょう。